銀行は「場所」から「機能」へ——住信SBIネット銀行が映す金融業界の構造転換
銀行の存在意義が根本から問い直されています。
全国銀行協会の統計によれば、国内銀行の店舗数は2025年3月末時点で約1万2,000店を下回り、ピーク時から約3割減少しました。物理的な接点が縮小する一方、総務省「令和6年版情報通信白書」によるとインターネットバンキングの個人利用率は72.2%に達しています。金融サービスの主戦場は、駅前の店舗からスマートフォンの画面へと移りました。
この構造転換を最も先鋭的に体現しているのが住信SBIネット銀行です。同行の2025年3月期決算は経常利益約670億円と5期連続の増益を達成しました。預金口座数は約770万、住宅ローン取扱累計額は10兆円を超え、地方銀行上位行に匹敵する規模です。店舗を持たないネット専業銀行がこの水準に到達した事実は、チャネル変革のインパクトを如実に示しています。
BaaS戦略が変える銀行の輪郭
注目すべきは収益構造の変化です。同行はAPI(外部サービスとシステムを接続する仕組み)を他社に開放し、自社の金融機能を「部品」として提供するBaaS(Banking as a Service)事業を急拡大させています。JAL、ヤマダホールディングス、高島屋、第一生命など提携先は13社以上に広がり、各社の顧客が住信SBIのインフラ上で口座開設や決済、ローンを利用する「ネオバンク」モデルが定着しつつあります。
ここに競合との決定的な違いがあります。楽天銀行は楽天経済圏との連携による囲い込み型戦略で1,600万口座を擁し、経常利益約720億円とネット専業銀行で最大の規模を誇ります。auじぶん銀行も通信基盤を活かした自社グループ誘導型です。いずれも「自社ブランドで顧客を集める」発想が基本にあります。
住信SBIの戦略はこれと根本的に異なります。自社ブランドの露出を犠牲にしてでもインフラ提供に徹する。JALマイレージバンク会員が「JAL NEOBANK」経由で口座を開設する際、裏側が住信SBIであることを意識するユーザーはおそらく少数でしょう。しかし提携先が増えるほど取引データが蓄積され、プラットフォーム特有のネットワーク効果が働きます。
3つの構造的追い風
この戦略が機能する背景には、3つの力学があります。
第一に規制環境の変化です。2017年の銀行法改正でオープンAPIの導入努力義務が課され、2021年の再改正では銀行グループの業務範囲が拡大されました。金融庁によればAPI連携契約を締結した銀行は2023年末時点で140行を超えています。規制当局が銀行のプラットフォーム化を制度面から後押しする構図が明確です。
第二にテクノロジーコストの低下です。クラウドインフラの普及により金融システムの構築コストは大幅に下がりました。かつて数百億円規模を要した勘定系システムが、クラウドネイティブの設計であれば格段に低コストで実現できます。AIモデルの開発・運用コストも年々低下しており、技術力の差が戦略的意思決定の差に置き換わりつつあります。
第三に顧客行動の不可逆な転換です。日本銀行の「生活意識に関するアンケート調査」(2024年12月公表)では、金融取引をオンラインで完結させたいとの回答が全体の6割を超えました。20〜40代では8割以上に達します。一度デジタルに慣れたユーザーが窓口に戻る動機はなく、この流れは加速こそすれ逆行することはありません。
AIスコアリングがもたらす競争優位
同行のもう一つの武器がAI活用です。住宅ローンの仮審査にAIスコアリングを導入し、最短15分での審査完了を実現しました。メガバンクの事前審査が3〜7営業日を要するのと比べれば次元が異なります。不動産購入において審査速度は交渉力に直結するため、この差は単なる利便性の改善にとどまりません。
今後はBaaS提携先経由の非金融データを組み合わせた与信判断も視野に入ります。購買履歴や利用実績といった情報を活用できれば、従来の信用情報だけでは評価しきれなかった層への融資が可能になります。ただし金融庁は2025年6月公表のガイダンスでAIモデルの説明可能性と公平性確保を重点項目に掲げており、技術の進歩と規制対応の両立が不可欠です。
メガバンクの巻き返しと市場の行方
メガバンクも手をこまねいてはいません。三井住友フィナンシャルグループは総合金融アプリ「Olive」でデジタルプラットフォーム戦略を推進し、三菱UFJフィナンシャル・グループもデジタル投資を拡大しています。圧倒的な顧客基盤と資本力は依然として大きな強みです。
しかしレガシーシステムの刷新に5〜10年を要するメガバンクと、クラウドネイティブで身軽に動けるネット専業銀行との開発速度の差は容易には埋まりません。メガバンクがBaaS領域に本格参入する可能性はありますが、自社で基盤を構築するより既存インフラを活用する方が合理的との判断もあり得ます。競合と協業の境界が曖昧になる複雑な時代に入っています。
矢野経済研究所の調査では国内BaaS市場規模が2027年度に約1,200億円に達するとされています。規模の経済とネットワーク効果が働くこの市場では、先行者優位が効きやすく、今後1〜2年の提携獲得競争が分水嶺となるでしょう。
問われる戦略的選択
金融機関に求められるのは3つの判断です。自社の金融機能の何を外部に開放し何を守るかというAPI戦略の明確化。AIモデルの設計・運用と規制対応を担える人材への投資。そして銀行ブランドが「見えなくなる」組み込み型金融の世界で、インフラに徹するのか顧客体験で勝負するのかという存在価値の再定義です。
銀行が「場所」から「機能」へ変容する流れはもう止まりません。住信SBIネット銀行のBaaS戦略はその最前線に位置しています。変化を眺めるのか、担い手になるのか。答えを出す猶予は長くはありません。
