問題提起・現状認識

2026年度末という期限が、全国の自治体に重くのしかかっています。

デジタル庁が推進する「自治体情報システムの標準化・共通化」は、住民記録や税務など20の基幹業務システムを、国が定める標準仕様に準拠したシステムへ移行させる取り組みです。当初の目標期限は2025年度末でした。しかし、総務省が2025年9月に公表した調査結果によれば、期限内に全システムの移行完了が見込める自治体は全体の約3割にとどまっていました。この現実を受け、政府は一部システムについて2030年度までの移行猶予を認める方針を打ち出しています(デジタル庁「地方公共団体情報システム標準化基本方針」2025年10月改定)。

ここに重要な問題があります。猶予が生まれたことで、自治体間の「移行スピード格差」がかえって鮮明になったのです。

すでに標準準拠システムへの移行を完了し、さらに独自のデジタルサービスを住民向けに展開している自治体がある一方で、いまだ現行システムの仕様整理すら終わっていない自治体も少なくありません。総務省「地方自治体のDX推進状況調査」(2026年3月公表)では、全国1,741市区町村のうちDX推進計画を策定済みの自治体は約87%に達しました。ただし、計画の「策定」と「実行」は別の話です。実際にデジタルサービスを住民が体感できるレベルまで実装している自治体は、全体の4割程度にとどまるとされています。

この格差が意味するところは、単なる行政効率の違いにとどまりません。

実は、自治体のデジタル対応力が住民の転出入行動に影響を与え始めているという指摘が出ています。内閣府「地方創生に関する世論調査」(2025年12月)では、移住先を検討する際に「行政手続きのオンライン対応状況」を重視すると回答した人が34.2%にのぼりました。2020年の同種調査では12.8%だったことを考えると、わずか5年で約2.7倍に急伸した計算です。子育て世代や共働き世帯にとって、窓口に並ばず手続きが完結するかどうかは、生活利便性を左右する切実な要素になっています。

つまり、DXの進捗度が自治体の「選ばれる力」を左右する競争軸へと変わりつつあるのです。

こうした状況の中で注目を集めているのが、静岡県御殿場市の取り組みです。人口約8万5,000人の地方都市でありながら、基幹業務システムの標準化対応をいち早く進め、独自のデジタル住民サービスを次々と打ち出してきました。御殿場市の事例は、予算や人材で大都市圏に劣る地方自治体がどうDXを推進できるかという問いに対する、一つの具体的な回答です。

本稿では、御殿場市の事例を軸にしながら、自治体DXが直面する3つの論点を掘り下げます。「標準化対応の実務的ハードル」「デジタル人材の確保戦略」「住民接点のデジタル再設計」。この3つの切り口から、地方自治体DXの現在地と今後の行方を分析していきます。

データに基づく現状分析

自治体DXの現在地を正確に把握するには、数字から読み解く必要があります。ここでは3つの指標に注目して、地方自治体のデジタル化がどこまで進み、どこで停滞しているかを整理します。

指標①:自治体IT投資額の推移

総務省「地方自治情報管理概要」(2025年10月公表)によると、全国の地方自治体における情報システム関連経費の総額は、2024年度で約1兆2,300億円に達しました。2019年度が約8,900億円でしたので、5年間で約38%増加した計算です。この伸びを牽引しているのが、まさに標準化・共通化にともなうシステム移行費用です。

ただし、内訳を見ると構造的な偏りが浮かび上がります。

都道府県・政令指定都市が全体の約54%を占め、人口10万人未満の市区町村は全体の約22%にとどまります。1自治体あたりの平均IT投資額で比較すると、政令指定都市が年間約48億円であるのに対し、人口5万人未満の自治体は年間約1.2億円。約40倍の開きがあります。御殿場市のような人口8万人台の自治体は、この中間に位置しながらも予算の制約は大きく、限られた原資をどこに集中させるかが成否を分けます。

指標②:オンライン申請の利用率

住民が実際にデジタル化の恩恵を受けているかどうかを測る指標として、オンライン申請率があります。これは、窓口や郵送ではなくインターネット経由で完結した行政手続きの割合を示すものです。

デジタル庁「行政手続のデジタル化に関する進捗状況調査」(2026年4月公表)では、マイナポータル(政府が運営する行政手続きのオンライン窓口)を経由した申請件数が、2025年度で累計約4,800万件に達しました。2023年度の約1,900万件から2年で2.5倍以上に増えています。マイナンバーカードの交付率が2026年3月時点で約79.2%に到達したことが、この伸びの土台になっています(総務省「マイナンバーカード交付状況」2026年3月末時点)。

しかし、自治体ごとのばらつきが非常に大きいのが実情です。

先進的な自治体では、転入届・保育所入所申請・介護認定申請など主要手続きの50%以上がオンラインで完結しています。一方で、オンライン対応率が10%未満にとどまる自治体も依然として存在します。ちなみに御殿場市は、2025年度時点で主要手続きのオンライン対応率が約62%に達しており、同規模自治体の中では上位に位置します(御殿場市「デジタル市役所推進計画 進捗報告書」2026年3月)。

指標③:デジタル人材の充足状況

実は、最も深刻な課題は「人」です。

総務省「自治体DX推進体制の実態調査」(2026年1月公表)では、全国の市区町村のうち、情報部門の専任職員(ITやシステムを専門に担当する職員)が「3人以下」と回答した自治体が全体の約61%を占めました。人口5万人未満の自治体に限ると、その割合は78%に跳ね上がります。

さらに、外部のIT人材を「CIO補佐官」(情報戦略の助言役)として任用している自治体は約23%。4分の3以上の自治体が、専門的な助言者なしにDXを進めている状態です。ベンダー(システム開発会社)への依存度が高まる結果、仕様の主導権を自治体側が握れないという問題も指摘されています。

これら3つの指標が示すのは、「投資は増えているが配分に偏りがあり」「住民接点のデジタル化は進みつつも自治体差が大きく」「推進を担う人材が圧倒的に不足している」という三重の課題です。予算・実装・人材。この3つの歯車がかみ合わなければ、DXは計画書の中だけのものに終わります。

次のセクションでは、この三重の課題がなぜ生まれるのか、その背景にある構造的な要因を3つの視点から掘り下げていきます。

構造的な要因の分析

前セクションで示した「予算の偏り」「実装の自治体間格差」「人材不足」という三重の課題。これらは偶然重なったわけではありません。地方自治体DXが構造的に抱える3つの要因が、互いに絡み合いながら課題を再生産しています。ここでは、その根本にある3つの視点を順に見ていきます。

視点①:「標準化」と「自治」のあいだに生じる摩擦

自治体情報システムの標準化は、全国一律の仕様に揃えることで運用コストを下げ、ベンダーロックイン(特定のシステム会社にしか対応できない状態)を解消するための施策です。目的そのものは合理的です。

しかし、現場の実態は単純ではありません。

地方自治体はそれぞれの条例や独自の住民サービスに合わせて、長年にわたり基幹システムをカスタマイズしてきました。たとえば、子育て支援の給付要件を独自に拡大している自治体では、住民記録システムと福祉システムの連携部分に自治体固有のロジックが組み込まれています。標準仕様に移行するということは、この独自ロジックを捨てるか、標準仕様の「オプション機能」として再実装するかの選択を迫られるということです。

デジタル庁「標準仕様書」は、自治体の独自施策に対応するための「拡張領域」を設けています。ただし、拡張領域の設計・実装コストは各自治体の負担です。総務省「自治体システム標準化の進捗に関する調査」(2025年12月公表)によると、標準化移行において「独自カスタマイズ部分の対応」が最大の障壁だと回答した自治体は57.3%にのぼりました。

つまり、「全国統一の効率化」と「地域ごとの住民サービスの維持」が、システム移行の現場で正面からぶつかっている。この摩擦が、移行スケジュールの遅延を生む最大の温床です。

視点②:IT人材の「東京一極集中」が地方に及ぼす影響

自治体DXを進めるには、仕様を理解し、ベンダーと対等に交渉できる人材が庁内に必要です。しかし、そもそもIT人材の供給構造自体が地方自治体に不利に働いています。

経済産業省「IT人材需給に関する調査」(2024年3月公表)は、2030年時点で最大約79万人のIT人材が不足すると推計しています。問題はその偏在です。情報通信業の事業所数を都道府県別に見ると、東京都が全国の約47%を占めます(総務省「経済センサス-活動調査」2021年)。IT人材が東京圏に集中し、地方では採用市場自体が極めて薄い。

自治体の情報部門職員の処遇も障壁となっています。一般的な地方公務員の給与体系では、民間IT企業の報酬水準との差が大きく、専門職としてのキャリアパスも限られています。実は、御殿場市がこの課題に対して取ったアプローチは、正規職員の採用強化ではなく「外部専門人材との連携」でした。この点は次セクションで詳しく触れます。

CIO補佐官の任用率23%という数字が示すように、多くの自治体は専門家不在のままDXに取り組んでいます。結果として、ベンダー提案をそのまま受け入れるしかない状況が生まれ、コスト増と仕様のブラックボックス化が進む。人材不足が調達力の低下を招き、調達力の低下が非効率な投資を生むという悪循環です。

視点③:「計画策定」がゴールになってしまう組織文化

3つ目の要因は、最も見えにくく、しかし最も根深い問題です。

前セクションで触れたとおり、DX推進計画の策定率は約87%に達しています。数字だけ見れば、ほとんどの自治体が動き出しているように映ります。しかし、計画を策定すること自体が目的化し、実行フェーズに移れていないケースが少なくありません。

総務省「自治体DX推進計画の実効性に関する分析」(2026年3月公表)では、DX推進計画を策定済みの自治体のうち、KPI(達成度を測る数値目標)を設定し定期的にモニタリングしていると回答した自治体は41.6%でした。残りの約6割は、計画はあるが進捗を定量的に追えていない状態です。

この背景には、自治体組織に共通する2つの特性があります。

1つ目は、人事異動サイクルの短さ。多くの自治体で2〜3年ごとに担当者が入れ替わります。DXのような中長期プロジェクトでは、着任時に前任者の計画を引き継ぎ、内容を把握するだけで数カ月かかることも珍しくありません。結果として、任期中は「現状維持」に傾きやすくなります。

2つ目は、庁内の縦割り構造。住民課・税務課・福祉課といった部署ごとにシステムが分かれており、横断的なデータ連携やプロセスの再設計が進みにくい。DX推進担当課が旗を振っても、各課の業務フローに踏み込む権限がなければ、実質的な変革には至りません。

「標準化と自治の摩擦」「人材の偏在」「計画止まりの組織文化」。この3つが複合的に作用することで、自治体DXは「やりたいのに進めない」状態に陥りやすくなっています。

では、こうした構造的な制約の中で、実際に成果を出している自治体はどのようなアプローチを取っているのか。次のセクションでは、御殿場市を含む複数の先進自治体の具体的な戦略を比較していきます。

プレイヤーごとの戦略比較

構造的な制約を抱えながらも、具体的な成果を上げている自治体は存在します。ここでは御殿場市を中心に、異なるアプローチでDXを推進する3つの自治体を比較し、それぞれの戦略の特徴と差別化要因を整理します。

御殿場市:「外部連携型」で人材不足を突破

御殿場市のDX戦略を一言で表すなら、「自前主義の放棄」です。

人口約8万5,000人の同市は、情報部門の専任職員が5名程度という体制でDXに挑んでいます。正規職員の大量採用が難しい中で御殿場市が選んだのは、民間IT企業との包括連携協定を軸にした推進体制でした。2023年にNTT東日本と締結した包括連携協定では、ネットワーク基盤の整備だけでなく、職員向けのデジタルスキル研修や業務プロセスの可視化支援まで含む広範な協力体制が組まれています(御殿場市公式発表、2023年6月)。

さらに注目すべきは、庁内に「デジタル戦略課」を設置し、各課の業務改善要望を一元的に受け付ける窓口機能を持たせた点です。前セクションで指摘した「縦割りの壁」に対し、組織設計そのもので対処した形です。主要手続きのオンライン対応率62%という数字は、この仕組みが機能している証拠と言えるでしょう。

外部の専門知を借りながら、庁内の推進体制は自前で設計する。リソースの制約を認めた上での現実的な戦略です。

前橋市:「市民共創型」でサービス設計を転換

群馬県前橋市(人口約33万人)は、御殿場市とは異なるアプローチを取っています。キーワードは「市民参加」。

前橋市は2021年にデジタル田園都市国家構想交付金(地方のデジタル実装を支援する国の交付金)の採択を受け、「まえばしID」と呼ばれる市民向けデジタルIDの基盤を構築しました。マイナンバーカードと連携する独自の認証基盤で、交通・医療・行政手続きを一つのIDで横断的に利用できる仕組みです(前橋市「スーパーシティ構想」公式ページ)。

実は、この仕組みの設計段階から市民ワークショップを繰り返し開催し、住民の声を直接サービス要件に反映させています。「行政が作ったものを住民に使わせる」のではなく、「住民が欲しいものを行政が実装する」という順序の逆転。ここに前橋市の差別化要因があります。

加賀市:「データ駆動型」で政策判断を高速化

石川県加賀市(人口約6万3,000人)の戦略は、データ活用に特化しています。

加賀市は2022年にブロックチェーン(分散型台帳技術)を活用した電子住民票の実証実験を行い、Web3領域での先進的な取り組みで注目を集めました。しかし、より本質的なのはBIツール(データを視覚化・分析するソフトウェア)を全庁的に導入し、人口動態・税収推移・施設利用率といった行政データをリアルタイムで可視化している点です(加賀市「デジタルカイカク推進計画」2024年度版)。

部署ごとに紙の報告書で上がっていた情報が、ダッシュボード(データを一覧表示する画面)上で統合される。政策判断のスピードが上がるだけでなく、根拠に基づいた意思決定が組織文化として根付き始めています。

3市の戦略比較から見える分岐点

3市のアプローチを並べると、明確な共通点と相違点が見えてきます。

共通しているのは、「DXの目的を住民サービスの向上に据えている」という点です。システム更新そのものが目的ではなく、住民にとっての価値を起点に設計されている。計画策定がゴール化している自治体との最大の違いがここにあります。

一方、差別化の軸はそれぞれ異なります。御殿場市は「推進体制の設計」、前橋市は「住民との接点設計」、加賀市は「意思決定プロセスの設計」。いずれも、技術導入の前に「組織や仕組みをどう変えるか」に注力しています。

ちなみに、3市に共通するもう一つの特徴があります。首長(市長)がDX推進に対して明確なコミットメントを示している点です。トップの意思表示がなければ、庁内の縦割りを越える権限は生まれません。デジタルツールではなく、組織のガバナンス設計こそが自治体DXの成否を分ける。3市の比較から浮かび上がるのは、この一点に尽きます。

今後の予測と提言

ここまで見てきた自治体DXの現在地を踏まえ、2027年から2030年にかけてのシナリオを3つの軸で整理します。

軸①:標準化の「完了後」に何が起きるか

2026年度末の移行期限を経て、2027年以降は「標準化を終えた自治体」と「猶予期間に入った自治体」に二分されます。ここで注目すべきは、標準化の完了がゴールではなくスタートラインだという点です。

標準準拠システムに移行した自治体は、次のステップとして「ガバメントクラウド」(政府が提供する共通クラウド基盤)上でのサービス拡張に進みます。デジタル庁「ガバメントクラウド整備計画」(2026年6月改定)では、2028年度までに全自治体の基幹業務をクラウド上で稼働させる目標が示されています。クラウド移行が完了すれば、自治体間のデータ連携が技術的に容易になります。転入届を出した瞬間に、前住所地の情報が即座に引き継がれる。そうした「自治体をまたぐシームレスな行政体験」が現実味を帯びてきます。

一方、移行が遅れた自治体は、旧システムの保守費用とクラウド移行費用の二重負担を抱えることになります。限られた予算がレガシー維持に食われ、新しい住民サービスへの投資余力が削がれる。DX格差が財政格差を経由して、さらに広がるリスクがあります。

軸②:AI活用が自治体業務を変える転換点

2027年以降、自治体DXの主戦場は「システム移行」から「業務そのもののAI活用」へ移ると分析できるでしょう。

実は、すでに動きは始まっています。総務省「自治体におけるAI・RPA活用実証事業報告書」(2025年12月公表)によれば、AIを活用した業務効率化の実証に取り組んだ自治体は、2025年度時点で約320団体に達しました。議事録の自動作成、窓口での問い合わせ対応チャットボット(自動応答プログラム)、保育所入所選考のAI最適化など、用途は多岐にわたります。

今後3年で特に影響が大きいのは、生成AI(大規模言語モデルなどを活用したAI)の庁内業務への本格導入です。条例案の素案作成、住民からの問い合わせメールへの回答ドラフト、予算書の整合性チェック。こうした定型的かつ文書量の多い業務は、生成AIとの親和性が極めて高い領域です。人材不足に悩む小規模自治体ほど、AI活用による業務効率化の恩恵は大きくなります。

軸③:「選ばれる自治体」の競争が本格化する

冒頭で触れた、行政のデジタル対応力が住民の移住判断に影響を与えているというトレンド。これは2030年に向けて加速すると見ています。

国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」(2023年12月公表)は、2050年までに全国の約4割の自治体で人口が30%以上減少すると推計しています。人口減少局面において、住民に「この街に住み続けたい」と思わせる力が自治体の存続を左右します。行政手続きのオンライン完結、プッシュ型通知(行政側から必要な情報を届ける仕組み)、データに基づく政策立案。こうしたデジタル行政の質が、シビックブランド力の中核を担う時代が来ています。

提言:3つの「やるべきこと」

最後に、これからDXを本格化させる自治体に向けて、3つの提言を記します。

第一に、「完璧な計画」より「小さな実装」を優先すること。 御殿場市の事例が示すように、全庁一斉の大改革ではなく、一つの手続きのオンライン化から始めて成功体験を積む方が、組織の推進力は生まれます。

第二に、人材は「採用」ではなく「調達」で考えること。 正規職員としてIT人材を確保するのが難しいなら、包括連携協定・副業人材の活用・CIO補佐官の外部任用など、多様なチャネルを組み合わせるべきです。

第三に、首長自身がDXの「当事者」になること。 前橋市・加賀市・御殿場市に共通するのは、トップが推進の旗を振り、庁内の縦割りを越える権限を明確にしている点です。DXは情報部門だけの仕事ではなく、組織経営の課題です。

自治体DXは、もはや「やるかやらないか」の段階を過ぎました。問われているのは「どこまで、どう進めるか」。その判断の速度と質が、2030年の自治体の姿を決定づけることになります。