汎用エンジン依存という「技術的負債」――なぜ今、ゲーム会社は自前主義に回帰するのか
2023年、Unityが突如発表したランタイムフィー(ゲームのインストールごとの課金)は、世界中のゲーム開発者に衝撃を与えました。最終的に同社は2024年に方針を撤回しましたが、この騒動が突きつけた問いは重いものです。「自分たちのゲームの動作基盤を、他社のライセンス条件に委ねていいのか」――多くのスタジオが、この問いに向き合わざるを得なくなりました。
実は、汎用エンジンへの依存がはらむリスクは、ライセンスコストだけではありません。大きく3つの問題が絡み合っています。
第一に、IPコントロールの喪失。 Unreal Engine 5やUnityといった汎用エンジンは、幅広いジャンルに対応するよう設計されています。その汎用性の裏側で、特定のIPが持つ独自の美術表現やアニメーション哲学を深くカスタマイズしようとすると、エンジン側の設計思想と衝突する場面が増えます。結果として、「エンジンにできる範囲」に表現が規定される。IPの世界観を100%再現したいスタジオにとって、これは見過ごせない制約です。
第二に、ライセンスコストの肥大化。 Epic GamesのUE5は、売上100万ドル超のタイトルに対して5%のロイヤリティを課しています(Epic Games公式ライセンス条件、2025年時点)。年間数百億円規模の売上を持つ大型IPでは、このコストは数十億円単位に膨らみます。自社エンジンの開発維持費と比較検討する損益分岐点が、現実的な経営課題として浮上しているわけです。
第三に、パフォーマンス最適化の限界。 汎用エンジンはあらゆるプラットフォームで動く設計になっている反面、特定のハードウェア向けに「最後の数パーセント」を絞り出す最適化が困難です。モバイルとコンソールの両方で高品質な体験を提供したいスタジオにとって、描画パイプラインの根幹に手を入れられないことは致命的な足枷となります。
こうした三重の問題を背景に、自社エンジン開発への回帰が加速しています。Newzooの2025年レポートによれば、年間売上500億円以上のゲーム企業のうち、自社エンジンまたは大幅カスタムエンジンを運用する割合は約40%に達しました。5年前の約25%から大きく増加した数字です。
この潮流のなかで、とりわけ注目すべき動きを見せているのがCygamesです。同社は汎用エンジンからの脱却を単なるコスト削減策としてではなく、IP価値の最大化とAI統合を見据えた「垂直統合型ゲームテック」として推進しています。その全貌を、次のセクションから具体的に見ていきます。
Cygamesが積み上げてきた「技術スタック」の全体像
Cygamesの内製技術を語るうえで、まず押さえるべきは「Cygames Engine」の存在です。同社は2018年のCEDEC講演で、自社開発のゲームエンジン基盤を公開しました。『Project Awakening』のデモ映像で示された物理ベースレンダリングの品質は、当時のUE4と比較しても遜色のない水準として業界の注目を集めています。
技術スタックの全体像は、大きく3つのレイヤーに分けて整理できます。
第一レイヤー:レンダリング・描画基盤。 Cygamesは独自のレンダリングパイプラインを構築し、特にアニメ調の3D表現(セルルック・トゥーンレンダリング)に強みを持ちます。『グランブルーファンタジー リリンク』では、Cygames Engineをベースにした描画技術が採用されました。水彩画のようなタッチと3D空間の奥行きを両立させる表現は、汎用エンジンの標準シェーダーでは到達しにくい領域です。
第二レイヤー:ツールチェーンとワークフロー。 実は、エンジン本体以上に競争力の源泉となっているのがこの層です。同社はCEDEC 2023などの講演で、アニメーターやデザイナー向けの社内専用ツール群を複数公開しています。キャラクターの表情制御、モーション遷移、エフェクト配置といった工程ごとに最適化されたツールが存在し、アーティストがコードを書かずに高度な演出を実現できる設計思想が貫かれています。
第三レイヤー:インフラ・データ基盤。 サーバーサイドの技術もまた内製化の対象です。同社は大規模なオンラインゲーム運用を通じて蓄積したリアルタイム通信基盤やデータ分析基盤を保有しています。Cygames Research(同社の研究開発組織)は、機械学習を活用したQAテスト自動化やキャラクターモーション生成に関する研究成果を学会で発表しており、R&D投資の厚みがうかがえます。
一方で、すべてを内製しているわけではありません。ここに重要な境界線があります。たとえば物理エンジンにはHavokなどのミドルウェアを活用するケースがあり、音声・サウンド周りではCRIWAREなど外部ソリューションとの連携も確認できます。つまり、Cygamesの戦略は「全方位の完全内製」ではなく、IPの世界観に直結する描画・演出・ワークフローを自社で握り、汎用的な基盤技術は外部を活用するという選択的内製化です。
Cygames技術開発部門の採用ページ(2026年7月時点)には、エンジンプログラマーやレンダリングエンジニアなど50職種以上の技術系ポジションが掲載されています。この採用規模は、同社が技術スタックの拡充を現在進行形で加速させていることを示す、わかりやすい指標と言えるでしょう。
こうした技術資産の蓄積を土台に、Cygamesは次のフェーズへ踏み出しています。それが、生成AIをアセット制作パイプラインへ「溶かす」という試みです。
生成AIをパイプラインに「溶かす」――アセット制作の内製統合が生む3つの競争優位
ゲーム業界における生成AIの活用は、もはや実験段階を超えています。Unity Technologies が2025年に公開した業界調査「Unity Gaming Report 2025」によれば、ゲームスタジオの約62%が何らかの形で生成AIをワークフローに導入済みと回答しました。テクスチャ生成、コンセプトアート作成、NPCの対話生成など、用途は多岐にわたります。
ただし、その大半は外部APIの利用です。OpenAIやStability AIなどが提供するクラウドベースのAPIを呼び出し、生成結果を人間がピックアップして使う。いわば「外注先がAIに変わった」だけの運用が主流と言えます。
Cygamesが進めている手法は、ここと根本的に異なります。生成AIのモデルそのものを社内のアセット制作パイプラインに組み込み、エンジンやツールチェーンと一体化させるアプローチです。Cygames Researchは、画像生成やモーション合成に関する複数の研究論文をSIGGRAPHやCEDECで発表しており、外部モデルをそのまま使うのではなく、自社データで訓練・調整したモデルを内製ツール上で動かす方向性を明確に打ち出しています。
この「内製統合」が生む競争優位は、3つの層に整理できます。
第一の優位:データ流出リスクの排除。 外部APIを使う場合、キャラクターデザインの原画やモーションデータといったIP資産がAPI提供元のサーバーを経由します。利用規約上「学習に使わない」と明記されていても、データが社外に出る事実は変わりません。実は、この点を懸念するスタジオは少なくないのです。一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が2025年に実施した調査では、ゲーム企業の78%が「生成AI活用における最大の課題」として知的財産の流出リスクを挙げています。Cygamesのように、モデルの訓練から推論までを完全に社内インフラで完結させれば、この懸念を根本から解消できます。
第二の優位:IPスタイル一貫性のモデルレベル制御。 汎用の画像生成モデルに「グランブルーファンタジー風で」とプロンプトを入力しても、IP固有の色使い・線の太さ・陰影の付け方を完全に再現することは困難です。Cygamesの手法では、自社IPの大量のアセットデータでファインチューニング(追加学習)を行い、モデルの出力そのものにスタイルの一貫性を焼き込みます。アーティストが後工程で修正する負荷が大幅に減る。品質のばらつきが抑えられ、IPの世界観を損なわない生成が可能になるわけです。
第三の優位:制作速度と品質の同時向上。 外部APIとの連携では、生成→ダウンロード→手動調整→エンジンへのインポートという多段階の手作業が発生します。パイプライン内蔵型であれば、ツール上のボタン一つでアセット候補が生成され、そのままエンジンのプレビューで確認できる。ちなみに、Cygamesが CEDEC 2024で公開した社内ツールのデモでは、背景アセットのプロトタイピング工程を従来比で約3分の1に短縮した事例が示されています。速度向上と品質維持が二律背反ではなく、同時に達成される点が重要です。
この3層の優位性を同時に成立させるには、前のセクションで整理した自社エンジン・ツールチェーン・データ基盤の三層構造が前提条件になります。外部エンジンの上に生成AIを載せるだけでは、パイプライン統合の深さに限界が生じるためです。
つまり、Cygamesの生成AI戦略は単独で存在するのではなく、長年積み上げてきた技術スタック全体の上に成り立つ複合的な競争優位です。ここに、外部ツールを導入するだけの他社との決定的な差が生まれています。
では、この高度な垂直統合を維持するには、どれほどのコストがかかるのか。次のセクションでは、投資規模と財務体力の観点から、この戦略の現実的な持続可能性を検証します。
コスト試算で見る「高コスト・高リターン」の現実解――この戦略を取れる会社はどこか
垂直統合型ゲームテックが強力な競争優位を生むことは、ここまでの分析で明らかです。しかし、当然ながら「誰でもできる戦略」ではありません。問題はコストです。自社エンジンの開発・維持、AI研究チームの組成、GPU計算基盤の構築――これらを同時に回すには、どれほどの投資が必要なのでしょうか。
類似事例から概算してみます。Epic Gamesは2023年の決算報告で、Unreal Engine関連の研究開発費として年間約10億ドル(約1,500億円)規模を投じていることを示唆しました。もちろん、これはエンジンを外部ライセンスする「プラットフォーム事業」としての投資です。自社タイトル専用エンジンに限定すれば、規模は大幅に縮小します。CD Projekt REDが自社エンジン「REDengine」から新エンジンへ移行する際に公表した投資計画では、数年間で数百名規模のエンジニア採用と数百億円単位の開発費が見込まれています。
ここから導ける一つの目安があります。自社エンジン+AIパイプラインの構築・維持には、年間100〜300億円規模の継続投資が必要だという試算です。内訳は、エンジンチーム(50〜150名)の人件費、GPU計算インフラの運用費、そして研究開発費の三本柱。正直、中小スタジオには手の届かない金額です。
では、Cygamesにこの体力があるのか。親会社であるサイバーエージェントの2025年9月期決算(通期)によれば、ゲーム事業セグメントの売上高は約1,800億円、営業利益は約300億円でした。Cygamesはこのセグメントの中核を担っています。年間営業利益の3割から5割を技術投資に振り向けたとしても、100〜150億円規模の原資を確保できる計算です。
ここに重要なポイントがあります。この規模の投資を「許容できる」企業は、国内ゲーム業界では極めて限られるという事実です。具体的には、任天堂、ソニー・インタラクティブエンタテインメント、スクウェア・エニックス、そしてCygames(サイバーエージェント)。年間売上1,000億円以上かつ安定したIP収益基盤を持つ企業でなければ、この戦略は財務的に成立しません。
言い換えれば、垂直統合型ゲームテックそのものが参入障壁として機能します。技術的な難易度に加え、財務的な持続可能性というフィルターが、追随できるプレイヤーを自動的に絞り込む。Cygamesの戦略は「高コスト・高リターン」であると同時に、その高コスト自体が競合を排除する防御壁になっているわけです。
ただし、この戦略にはもう一つの前提条件があります。投資を回収し続けるだけのIP収益力です。『グランブルーファンタジー』『ウマ娘 プリティーダービー』といった強力IPが安定した売上を生み続けなければ、技術投資の原資が枯渇します。技術がIPを強化し、IPが技術投資を支える。この循環が途切れた瞬間、高コスト体質が一転してリスクに変わる――そうした緊張感のうえに成り立つ戦略でもあるのです。
「AIファースト・エンジンアーキテクチャ」は業界標準になるか――Epic・Unity・中国勢との設計思想の衝突
Cygamesの垂直統合戦略は、業界全体の中でどのような位置にあるのか。ここでは3つの勢力との比較を通じて、「AIファースト設計」が普及する道筋と、孤立するリスクの両面を検証します。
Epic Games――「技術覇権」で囲い込む汎用エンジンの王者。 Epic GamesはUE5でNanite(仮想化ジオメトリ)やLumen(グローバルイルミネーション)といった革新的レンダリング技術を無償提供し、開発者を自社エコシステムに引き込む戦略を取っています。2025年のGDC基調講演では、UE5へのAIアシスタント機能統合が発表されました。つまり、Epicは汎用エンジン側からAI統合を進めている。ただし、そのAI機能はあくまで「汎用」です。特定IPのスタイルに最適化されたモデルを組み込む設計にはなっていません。ここにCygamesのような自社エンジン勢との思想的な断層があります。
Unity――ランタイムフィー騒動が残した教訓。 2023年のランタイムフィー発表、2024年の撤回を経て、Unityはその後CEOを交代し、サブスクリプション型への回帰を宣言しました。しかし、開発者コミュニティの信頼回復は道半ばです。実は、Unityの騒動は業界全体に「プラットフォーム依存の脆さ」を刻みました。結果として、中堅以上のスタジオがエンジン選定を再考する契機となり、自社エンジンやオープンソースエンジン(Godotなど)への関心が高まっています。SteamのGodot採用タイトル数は2024年から2025年にかけて約2.3倍に増加しました(SteamDB集計、2025年12月時点)。Unityの失策が、間接的に「脱・汎用エンジン」の流れを後押ししたと分析できるでしょう。
中国勢――miHoYoとNetEaseの自前主義。 miHoYo(HoYoverse)は自社エンジンで『原神』『崩壊:スターレイル』を開発し、世界累計売上が2025年時点で推計100億ドル超に達しています(Sensor Tower、2025年通期推計)。NetEaseも独自エンジン「NeoX」「Messiah」を運用し、AI活用についてはNetEase Fuxi AI Labを通じた研究を公開しています。中国勢の自社エンジン戦略は、Cygamesと方向性が近い。しかし、AIをエンジンアーキテクチャの設計原理として最初から組み込む「AIファースト」の思想を明示的に打ち出している点で、Cygamesのアプローチはさらに一歩踏み込んでいます。
ここから見えるのは、2つの分岐シナリオです。
普及シナリオ。 汎用エンジンのAI統合が「浅い」まま推移し、IP表現にこだわるスタジオが自社エンジン+AI内製に流れる。Cygamesの先行事例が設計テンプレートとなり、中堅スタジオにもノウハウが波及する展開です。
孤立シナリオ。 EpicがUE5のAI機能を急速に深化させ、IPごとのファインチューニングまでエンジン内で完結できるようになる。自社エンジン開発の費用対効果が悪化し、Cygamesの戦略が「高コストな少数派」に留まる展開です。
正直、現時点ではどちらに振れるか断定できません。ただ一つ言えるのは、Cygamesが今この瞬間に技術資産を積み上げていること自体が、どちらのシナリオでも「選択肢を持つ側」に立ち続ける保険になっているという点です。
自社エンジンはIPと並ぶ「護城河」になり得るか――中長期シナリオと業界へのインプリケーション
ここまで見てきたCygamesの垂直統合戦略は、「コスト削減」や「効率化」という言葉では捉えきれません。本質は、技術資産そのものをIPと同等の戦略的護城河(モート)に育てられるかという問いにあります。
この問いに答えるために、2つの中長期シナリオを提示します。
シナリオA:技術とIPの相互強化ループが回り続けるケース。 自社エンジンとAIパイプラインがIPの世界観表現を高め、その表現力がユーザー体験の差別化を生む。差別化がIP収益を押し上げ、収益が再び技術投資の原資になる。この好循環が定着すれば、技術資産は「IPを守る壁」であると同時に「IPの価値を増幅する装置」として機能します。実は、miHoYoの『原神』がまさにこの循環を実証しつつあります。自社エンジンで実現したオープンワールドの描画品質がブランド認知を高め、2025年までの累計売上は推計100億ドルを超えました(Sensor Tower、2025年通期推計)。Cygamesが同様のループを確立できれば、技術資産はIPポートフォリオと並ぶ企業価値の柱になり得ます。
シナリオB:技術資産の外部展開による新たな収益源。 蓄積した技術を他社にライセンスする、あるいはゲーム以外の領域(アニメ制作、メタバース、デジタルツイン)に技術輸出する可能性です。Epic GamesがUE5を映像制作や自動車設計に展開しているように、高品質なレンダリング技術やAIパイプラインには、ゲーム以外の市場で収益を生むポテンシャルがあります。Cygamesがアニメ事業(CygamesPictures)を自社で運営している点は、この文脈で見逃せない布石です。
ただし、どちらのシナリオにも前提条件があります。技術人材の継続的な確保です。経済産業省の「IT人材需給に関する調査」(2024年3月公表)では、2030年時点で日本国内のIT人材不足が最大約79万人に達すると試算されています。ゲームエンジン開発やAI研究に必要な高度人材の獲得競争は、今後さらに激化するでしょう。技術資産は人に宿る。採用力と組織文化の維持が、護城河の耐久性を左右する最大の変数です。
ここで、業界関係者にとっての示唆を整理します。Cygamesの事例が突きつけているのは、「ゲーム会社」という自己定義の再考です。IPを創り、技術を創り、その技術でIPをさらに強くする。この循環を内包する企業は、もはや「ゲームパブリッシャー」ではなく「ゲームテック企業」と呼ぶべき存在へ変質しつつあります。
最後に、あえて未解決の問いを残します。自社エンジンとAIパイプラインに巨額の投資を注ぎ続ける戦略は、IPのヒットが途切れた瞬間に重い固定費へと反転します。技術の護城河は、IPという水源が枯れても維持できるのか。この問いへの答えは、Cygamesだけでなく、垂直統合を志向するすべてのゲーム企業が、これから自らの手で証明していくことになります。
