楽天モバイルはなぜ「ローミング終了」を急いだのか——コスト構造と自立の臨界点

2026年8月7日、KDDIは決算説明会の場で楽天モバイルへのLTEローミング提供を9月末で終了する方針を表明しました。これを受けて楽天モバイルは8月12日付のプレスリリースで、カバーに時間を要するエリアについては10月以降もローミングを継続しつつ、十分にカバーできているエリアから段階的に縮小すると発表しています(楽天モバイル公式プレスリリース、2026年8月12日)。

「なぜ今なのか」——この問いに答えるには、3つの数字を押さえる必要があります。

第一に、ローミング費用の重さです。 楽天モバイルは2020年4月の本格サービス開始以来、自社基地局が届かないエリアではKDDI回線を借りて通信を補完してきました。このローミング費用は、かつて四半期あたり数百億円規模に達していたとされます。楽天モバイル単体の2026年度Q2(4〜6月)売上収益は1,013億円、Non-GAAP営業損失は−323億円とされています。損失幅は前年同期比で67億円改善していますが、依然として赤字。ローミング費用の削減は、黒字化へ向けた最大のレバーの一つです。

第二に、基地局の積み上がり。 総務省の電波利用状況調査(2025年3月末時点)によると、楽天モバイルの基地局数は4Gが67,159局、5Gが35,108局とされています。合計で約10万局規模に到達しているとされています。さらに2024年6月にはプラチナバンド(700MHz帯・Band 28)の運用を開始し、屋内や山間部など従来カバーが難しかったエリアへの浸透を進めています。ただし、他社キャリアが上下10MHz幅を割り当てられているのに対し、楽天モバイルの割り当ては下り3MHz・上り4MHzにとどまる点は留意が必要です(モバイルDASH)。

第三に、契約回線数の臨界点突破。 楽天モバイルは2026年9月24日時点で契約数1,100万回線を突破しました。うちMNO単体でも1,018万回線と、1,000万の大台を超えています(楽天モバイル公式プレスリリース)。2025年12月末に1,000万回線を超えてから約9か月で100万回線を上積みした計算です。回線数が増えるほど、他社回線を借りるローミング費用は膨らみます。逆に言えば、自社網でトラフィックを収容できれば、1回線あたりの限界コストは劇的に下がる。ここに重要な転換点があります。

つまり今回のローミング終了は、突然の判断ではありません。基地局数の充足、プラチナバンドの運用開始、契約回線数の拡大——この3つが揃ったことで、「借りるコスト」と「自前で賄うコスト」の損益分岐点を超えたと判断できる状況が整ったのです。

実は、ここからが本当の勝負です。楽天モバイルの2026年度設備投資計画は2,000億円とされています。期初計画を堅持する方針が決算資料で示されています(楽天グループ決算資料、2026年度Q2)。Q2単独でもネットワーク関連に393億円を投じたとされています。ローミング費用の削減分を設備投資に回す——この循環が機能するかどうかが、楽天モバイルの自立を左右します。

世界初のフルクラウドネイティブMNO(自前の通信設備を持つ携帯キャリア)が、他社の回線に頼る「補助輪」を外す。それは技術的な実証段階の終わりであり、実運用の審判が始まることを意味します。

世界初「フルクラウドネイティブMNO」の実像——Open RANアーキテクチャが解体するベンダーロックインの構造

楽天モバイルが「世界初」と称される理由を理解するには、従来の携帯キャリアがどのようにネットワークを構築してきたかを知る必要があります。

従来型のRAN(無線アクセスネットワーク、基地局とその制御システムの総称)市場は、長らく3社が支配してきました。Ericsson、Nokia、Huaweiです。Dell'Oro Groupの2024年調査によると、この3社だけでグローバルRAN市場シェアの約75〜80%を占めているとされています。キャリアがEricssonの基地局を導入すれば、ソフトウェアも保守契約もEricsson製で固められる。別のベンダーに切り替えたくても、機器間の互換性がないため現実的には不可能。これがいわゆるベンダーロックインです。

楽天モバイルはこの常識を根本から覆しました。採用したのは、O-RAN ALLIANCEが策定するオープンな仕様に基づくOpen RANアーキテクチャ。ハードウェアとソフトウェアを分離し、汎用サーバー上で無線機能を仮想的に動かす設計です。

ここに2つの優位性があります。

第一に、ベンダー選択の自由。 無線ユニット(RU)、分散ユニット(DU)、中央ユニット(CU)をそれぞれ異なるメーカーから調達できます。実際、楽天モバイルのネットワークにはNEC、富士通、Nokia(RU供給)など複数のベンダーが参加しています。特定の1社に縛られないため、価格交渉力が格段に高まります。

第二に、クラウドネイティブによるスケーラビリティ。 楽天モバイルはネットワーク機能をコンテナ化し、Kubernetes(コンテナ管理の業界標準ツール)上で運用しています。トラフィックが急増する時間帯にはリソースを自動拡張し、閑散期には縮小する。正直、これは従来のキャリアが専用ハードウェアで実現しようとすると莫大なコストがかかる仕組みです。楽天モバイルは汎用サーバーとソフトウェアで同等以上の柔軟性を手に入れました。

では、この設計は実際にコスト優位につながっているのか。楽天モバイルは公式に「従来型アーキテクチャ比で設備投資を約40%、運用コストを約30%削減できる」と主張してきました。2026年度Q2のネットワーク関連設備投資額393億円(楽天グループ決算資料)を10万局規模の基地局数で割ると、1局あたりの投資効率が見えてきます。もちろん、この数字には既存局の維持費も含まれるため単純比較はできませんが、同規模のネットワークを従来型で構築した場合との差は無視できません。

ちなみに、楽天モバイルのOpen RANライセンスプログラム「Real Open RAN Licensing Program」には、2025年2月時点でCisco Systems、Airspan Networks、Tech Mahindraの3社が署名しています(RCR Wireless News、2025年2月28日)。ベンダーロックインを解体する設計思想が、競合ベンダー自身を巻き込み始めている。グローバルの通信インフラDXにおける楽天モデルの位置づけを象徴する動きです。

世界最大規模のOpen RANライブネットワーク。それが楽天モバイルの実像であり、次に問われるのは、この設計がAIによる自律運用とどう結びつくかです。

RAN Intelligent Controllerが変える「基地局」の定義——AIインフラ企業としての楽天の本質

基地局は従来、電波を送受信する「設備」でした。設置して、電源を入れて、決められたパラメータで動かす。調整が必要なら、エンジニアが現地に赴いて手動で設定を変更する。これが世界中のキャリアが数十年にわたって続けてきた運用の常識です。

楽天モバイルは、この常識を書き換えようとしています。その中核にあるのがRIC(RAN Intelligent Controller)——AI・機械学習を統合し、Open RANの4G/5Gネットワークをリアルタイムで自動最適化するクラウドネイティブプラットフォームです。

2026年2月26日、楽天モバイルとRakuten Symphonyは、O-RAN ALLIANCE標準に準拠したサードパーティ製rApp(RIC上で動くアプリケーション)の統合と、全国規模でのRIC展開において世界初の実績を達成したと発表しました(楽天モバイル公式プレスリリース、2026年2月26日)。MWC Barcelona 2026の場で、楽天モバイルのChief AI and Data OfficerであるSachin Verma氏はRICの機能をこう説明しています。「エネルギー節約、トラフィックステアリング(通信の振り分け制御)、QoS管理(通信品質の優先制御)などのxApp/rAppを搭載し、20%の電力削減を達成した」(RCR Wireless News)。

この「20%」という数字は、単なる社内テストの結果ではありません。TM Forum——世界の通信事業者850社以上が参加する業界標準化団体——は2026年2月19日、楽天モバイルとRakuten Symphonyが共同開発した自律省エネソリューションに対し、「自律型ネットワーク レベル4」の認定を付与しました。ライブOpen RAN環境での認定は世界初です(Rakuten Symphony Newsroom、2026年2月19日)。

ここで重要なのは「レベル4」の意味です。TM Forumの自律型ネットワーク分類は0から5までの6段階。レベル4は「人間の監視下でシステムが自律的に意思決定・実行する」段階を指します。多くの通信キャリアがレベル2〜3にとどまる中、楽天モバイルは一段上のステージに到達した。しかも約20%のRAN省エネを実現しながら、顧客体験KPIへの影響はゼロとされています。電力を削りつつ通信品質は落とさない——AIによる精密な需要予測と動的制御があって初めて成り立つ芸当です。

実は、ここに楽天モバイルの本質的な変化が見て取れます。RICが担っているのは、トラフィックパターンの予測、セル間の干渉制御、時間帯別の電力配分、ユーザー単位のQoS最適化。これらはすべて、大量のリアルタイムデータをAI/MLモデルで処理する仕事です。全国10万局規模のネットワークから上がってくるデータを、クラウド上のRICが集約・分析し、数秒単位でパラメータを書き換える。基地局はもはや静的な設備ではなく、AIが制御するエッジデバイスへと変わっています。

通信キャリアがAIインフラ企業としての側面を強めている。その最も具体的な証拠が、このRICの全国展開です。

ローミング終了後の「審判」——カバレッジ品質・解約率・ARPU、3つの指標が示すリアル

技術的な先進性がどれほど評価されても、ユーザーが「つながらない」と感じた瞬間にすべてが崩れます。ローミング終了は、楽天モバイルにとって最も厳しい実地試験の始まりです。

この試験の採点基準は3つ。カバレッジ品質、解約率(チャーンレート)、そしてARPU(1回線あたりの月間収益)です。

第一の指標——カバレッジ品質。 総務省データ(2025年3月末時点)で4G基地局67,159局、5G基地局35,108局とされています。合計約10万局の布陣は、数の上では一定の水準に達しています。しかし、問題は「数」ではなく「質」です。楽天モバイルのプラチナバンド(700MHz帯)は下り3MHz・上り4MHz幅しか割り当てられていません(モバイルDASH)。他社の上下10MHz幅と比べると、建物内や地下での到達力に差が出ます。楽天モバイル自身が8月12日付プレスリリースで「カバーに時間を要するエリアは10月以降もローミング継続」と認めている点が、現状の限界を正直に物語っています。

第二の指標——解約率。 MNO単体1,018万回線、全体で1,100万回線という数字は成長の証です(楽天モバイル公式プレスリリース、2026年9月24日)。ただし、ローミング終了後に地方・山間部でつながりにくさを体感したユーザーが他社へ流出するリスクは無視できません。実は、楽天モバイルの強みである低価格プラン「Rakuten最強プラン」は、裏を返せばスイッチングコスト(乗り換えの心理的・金銭的障壁)が低いことを意味します。価格で選んだユーザーは、品質不満で離れるスピードも速い。ローミング終了後の四半期決算で純増数がどう動くかが、最初の審判となります。

第三の指標——ARPU。 2026年度Q2の楽天モバイル単体売上収益は1,013億円、EBITDAは59億円とされています。MNO単体約1,000万回線で割ると、月間ARPUはおよそ3,300円前後。大手3社が4,000〜5,000円台であることを考えると、依然として開きがあります。ローミング費用の削減によってコスト側は改善しますが、収益側の底上げがなければ黒字化の道筋は描けません。

技術的理想と市場現実のギャップ。それを埋めるのは、AIやアーキテクチャではなく、「つながる」という最も原始的なユーザー体験です。この3指標が2026年度下期にどう推移するか——楽天モバイルの真価が問われる半年間が、まさに今始まっています。

Rakuten Symphonyが描く「通信DX輸出」モデル——国内実証がグローバル競合地図を塗り替えるか

楽天モバイルの国内ネットワークは、1,018万回線・約10万局規模のOpen RANライブ環境です。これほどの規模でクラウドネイティブ×Open RANを商用運用しているキャリアは、世界に他にありません。Rakuten Symphonyは、この国内網を「世界最大の実証環境」として活用し、技術とノウハウを丸ごと海外へ輸出する戦略を進めています。

その事業規模はすでに無視できない水準に達しています。Rakuten Symphonyはグローバルで74社の顧客と17社のパートナーを擁し、2025年通期の売上高は856.9億円、累計売上高は2021年Q3の本格開始以降で2,838.6億円に上るとされています(Rakuten Symphony Newsroom、2026年3月24日)。さらに2025年には初の通年Non-GAAP営業黒字を達成しました。赤字覚悟の技術輸出ではなく、収益を伴うビジネスモデルとして成立し始めている点が重要です。

具体的な展開先を見てみましょう。欧州では、ウクライナのKyivstarが商用ネットワーク(キーウ近郊)で4Gフィールドテストを実施。合意から約3年を経ての実運用テストです(Rethink Research、2026年8月19日)。中東では、サウジアラビアのTAWALとの協業により同国初のマルチオペレーター屋内5GネットワークをクラウドネイティブOpen RANで構築しました(Rakuten Symphony News & Events)。

さらに大きな動きが、日本政府のバックアップです。経産省はRakuten Symphonyをグローバルサウス7カ国——インドネシア、ベトナム、マレーシア、インド、クウェート、ボリビア、パラグアイ——でのOpen RAN/RIC大規模実証のリーダーに選定しました。補助金は最大76億円規模。各国で約100基地局規模の仮想化ネットワークを展開し、RIC検証を実施します。実証期間は2026年5月から2029年3月まで(Mobile World Live、2026年4月21日)。国策としてのOpen RAN輸出。ここに楽天モデルの地政学的な意味合いが浮かび上がります。

では、既存勢力への侵食はどこまで進んでいるのか。Dell'Oro Groupの調査によれば、Ericsson・Nokia・HuaweiがグローバルRAN市場シェアの約75〜80%を握っているとされています。正直、この牙城を短期間で崩すのは容易ではありません。しかし、Open RANライセンスプログラム「Real Open RAN Licensing Program」にはCisco Systems、Airspan Networks、Tech Mahindraが署名済みです(RCR Wireless News、2025年2月28日)。従来型ベンダーの顧客基盤に対し、ライセンスという形で浸透を図る間接戦略。

楽天モデルの勝算は、「実証済みの商用実績」を武器にできる点にあります。テスト環境ではなく、1,000万回線超が日常的に利用するライブネットワークで動いている技術。この説得力は、ホワイトペーパーやデモでは代替できません。グローバルの通信DX競合地図が塗り替わるかどうか——その答えは、国内ネットワークの品質維持という足元の課題と不可分です。

3つのシナリオで読む2025〜2030年の通信インフラDX——「楽天モデルの勝利」か「技術的挫折と再編」か「ハイブリッド共存」か

ここまで見てきた楽天モバイルの挑戦は、今後どこへ向かうのか。2030年までの通信インフラDXを、3つのシナリオで整理します。

シナリオ①——楽天モデルの勝利。 Open RANがデファクトスタンダード(事実上の業界標準)となり、クラウドネイティブ設計が世界の通信網を席巻するケースです。条件は明確です。楽天モバイルが国内で安定した通信品質を証明し、Rakuten Symphonyの海外展開が加速すること。すでに経産省が最大76億円を投じるグローバルサウス7カ国の大規模実証が2026年5月に始まっています(Mobile World Live、2026年4月21日)。74社の顧客基盤と通年黒字化の実績が、新興国キャリアの採用判断を後押しする展開。Ericsson・Nokia・Huaweiが握る75〜80%のRAN市場シェア(Dell'Oro Group調査)が、2030年までに60%台へ低下する可能性を含んだシナリオです。

シナリオ②——技術的挫折と再編。 ローミング終了後にカバレッジ品質の問題が顕在化し、解約率が跳ね上がるケースです。プラチナバンドの帯域幅が下り3MHz・上り4MHzにとどまる制約は、短期間では解消しません。品質劣化がユーザー離反を招き、収益悪化が設備投資の縮小につながる負のループ。正直、資金繰りが行き詰まれば、楽天モバイル自体が他社との統合・再編に向かう可能性もゼロではありません。この場合、Open RANは「理念は正しかったが時期尚早だった」と評価され、既存ベンダーモデルへの回帰が進みます。

シナリオ③——ハイブリッド共存。 実は、私が最も蓋然性が高いと見ているのがこのシナリオです。都市部や新規ネットワーク構築ではOpen RAN×クラウドネイティブが採用され、ミッションクリティカルな用途(緊急通信、産業用IoTなど)では従来型の専用ハードウェアが併存する世界。用途ごとにアーキテクチャを使い分ける「適材適所」の時代です。楽天モデルは万能解ではなくとも、通信DXの選択肢を不可逆的に広げた——その評価が定着します。

読者の皆さんが自社の戦略や投資判断に活かすなら、注視すべき指標は3つです。楽天モバイルの2026年度下期の純増数推移、Rakuten Symphonyのグローバルサウス実証の進捗報告(2027年度中間レビュー)、そしてO-RAN ALLIANCE準拠機器のグローバル出荷シェア。この3点が、どのシナリオに向かっているかを見極めるリトマス試験紙となります。

ローミングという補助輪を外した楽天モバイルの挑戦。その帰結は、日本の一キャリアの損益を超え、世界の通信インフラが次の10年をどう設計するかという問いへの回答になります。

参考・出典